大判例

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福岡高等裁判所 昭和47年(う)217号 判決

職業

国鉄職員 甲

被告事件名

建造物損壊

原判決

昭和四七年三月二二日

大分地方裁判所言渡無罪

控訴申立人

原審検察官検事 中川秀

出席検察官

検事 長尾喜三郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処する。

ただし、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

原審ならびに当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、福岡高等検察庁検察官検事森崎猛提出の大分地方検察庁検察官検事中川秀作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人吉田孝美、同宮里邦義、同岡村正淳作成の答弁書および被告人作成の答弁書に記載のとおりであるから、いずれもこれを引用し、これに対する判断は、次に示すとおりである。

以下においては、日本国有鉄道を国鉄と、同鉄道大分鉄道管理局大分運転所を大分運転所と、国鉄労働組合を国労と、同組合中央本部を国労中央本部と、同組合大分地方本部を大分地方本部と、同組合大分支部を大分支部と、同組合大分支部大分運転所分会を大分運転所分会と、それぞれ略称することとする。

検察官の控訴趣意は、要するに、原判決は公訴事実どおりのビラ貼付の事実を認定しながら、被告人は中途からその実行に加わったものと認めたうえ、右ビラ貼付は建造物の損壊に該当しないとして無罪の言い渡しをした。しかし原判決は次のごとき理由から、事実を誤認し、ひいては建造物損壊罪にいわゆる損壊について、法令の解釈適用を誤った違法があり、到底破棄を免れ難い。すなわち、本件ビラ貼りは、国労中央本部からの指示にもとづき、被告人が事前に大分運転所分会の組合員等約二〇名と共謀のうえ、共同して行なったもので、被告人自らも当初からビラを貼付したものであって、被告人が途中から加わったと認定する原判決は、明らかに事実を誤認しているのである。さらに原判決は、当該建造物の所在場所、構造、その用途目的などに照らし、ビラ貼付により建造物の価値や効用を著しく害した場合は格別、汚損や効用阻害の程度が軽微で、その回復が容易であって、建造物本来の利用をいまだ著しく妨げるに至っていないときは、建造物損壊罪は成立しない、との見解を示し、本件行為は、ビラの形状等がほぼ一定し、貼り方も整然としていて、しかも一般市民からは見え難く、未だ庁舎の美観が著しく低減したとは認められず、原状回復も容易で、室内からの見透しや採光を著しく害されたとは認められない、として、損壊行為に該当しない旨判示しているが、原判決の右法律解釈は、大阪高等裁判所昭和四四年一〇月三日第二刑事部判決等の判例の趣旨に比し著しく狭きに失し不当であり、その認定する事実についても、本件庁舎は、運転所に関係のある業者多数が構内を出入しているので、多数人の目にするところであり、ビラ貼付の状況も、総数二、一二二枚の多数に上り、その中には不穏当な文言を使用したものがあり、これらを隙き間なく帯状に貼ったり、点々と乱雑に貼ったり、窓一面に糊を塗りつけるなどしたもので、かようなビラ貼りの結果建物の美観、品位を著しく害し、室内からの見透しや採光も著しく害されるに至ったのであって、右ビラ貼付行為は明らかに建造物の損壊に該当するものといわねばならない。しかも貼られたビラは、専門の業者の手によって漸やく剥ぎ取ることが出来たのであって、原状回復は極めて困難な状態にあったのである。しかも被告人等の本件ビラ貼り行為は違法性の強いもので、到底正当な行為とはいい難いものである。以上のごとく、原判決には明らかに事実誤認があり、かつ法令の解釈適用を誤った違法がある、というのであり、これに対する被告人および弁護人等の答弁は、要するに、被告人が本件ビラ貼りに従事したのは三階庁舎西側壁のみである。この趣旨に解し得る被告人がビラ貼りに中途から加わったとする原判決の事実認定、ならびに全体としてのビラ貼り行為が建造物損壊罪を構成しないとする原判決の判断は正当である。被告人が本件ビラ貼りを共謀した事実はなく、検察官主張の間接事実は、共謀の主張事実との関連性がない。また被告人が当初から現場に来ていたとの検察官の主張は全く証拠上の理由を欠くものである。建造物損壊罪の構成要件該当性について、その前提をなす構成要件の解釈に関し検察官の列挙する判例の趣旨は、建造物の外観美観を『著しく汚損』し、ひいて建造物本来の効用が妨げられた趣旨に解されるべきであり、しかるに本件ビラ貼りは、本件建物の本来的効用を害する程度には至っていないのであって、原判決に対する法令の解釈適用の誤りの論拠とはなし難く、検察官の主張は失当というべきである。ビラの貼られた場所を一般市民が望見し得るか否か、または業者が出入りするか否かは、構成要件該当性とは関係のない事柄に属する。本件建物が内部的業務目的に供されている性格に照らし、建物の美観ないし成容を本件建物の効用と解する余地はなく、仮りにそう解し得たとしても、本件ビラ貼り行為の結果は、未だ検察官主張のごとき著しい汚損には該当しない。ビラ貼りの態様も整然としたものであり、ビラの文言の内容も正当なものであって、原状回復についても容易にこれをなし得たのである。以上いずれの点から考えても未だ損壊の程度に達したものということはできない。

さらに、本件ビラ貼りは、労働争議状態のもとにおいて行なわれたものであり、憲法二八条で保障された労働組合の基本的権利の行使であって、重要かつ不可欠の闘争手段である。かかるビラ貼りは使用者が一定の範囲で受忍義務を負うものであるとともに、本件ビラ貼りは、国鉄の不当労働行為に対抗して行なったストライキの前段行為として正当な組合活動である。また憲法二一条で保障されている表現の自由からも正当な行為といい得るものであって、犯罪を構成するものではない。検察官の主張は理由がない、というのである。

よって、本件訴訟記録ならびに原審において取り調べた証拠および当審における事実取り調べの結果を総合して検討することとする。

大分運転所分会所属の組合員等約二〇数名の者が、昭和四四年三月二六日午後一〇時一〇分頃から同一〇時四〇分頃までの間、大分市要町一丁目一番地所在の大分運転所構内において、国鉄所有にかかる同運転所二階庁舎各階の表側(北西側)各室のガラス窓や扉に糊や刷毛、長い竹竿に括りつけた箒等を用いて、「ストで大幅賃上げ獲得首切り合理化粉砕」などと色刷りしたビラ約七九二枚を貼りつけ、同運転所三階庁舎玄関付近のタイル張り壁や西側タイル張り壁(昭和四四年三月三〇日付実況見分調書添付写真No.8の写真説明には三階庁舎西側コンクリート壁とあるが、同写真および同実況見分調書添付No.20の写真では明瞭にタイル張りであることが認められる)、各階のガラス窓、入口扉のガラス等に、同様の方法で「新賃金一万五千円要求をストでたたかいとろう」等と色刷りし、または「当局者のバカヤロウ」、「八川はクビだ」等と墨書したビラ計一、三三〇枚を貼りつけた事実、被告人も前記の竹竿に箒を括りつけたもので三階庁舎の西側壁にビラを貼りつけていた事実、大分地方本部の執行委員秋光正忠、同向貞夫、同羽田野尚、同大分支部長衛藤寛等も右ビラ貼りの現場に居った事実を認めることができる。そこで、右全体としてのビラ貼り行為が果して刑法二六〇条にいわゆる建造物の損壊に該当するか否かを検討することとする。

右二階庁舎および三階庁舎はともに市街地に近く、付近には公明党本部や東邦電気商会などの建物があって比較的人目につき易い場所であることが窺われ、右建造物はいずれも鉄筋コンクリート造りの建物で、外壁の部分の多くは明るいグレイ系の色タイル張りの化粧が施してあり、各階の窓はアルミ製の枠に透明ガラスを嵌め込んだいわゆるサッシ作りの窓であるうえ、運転所で清掃、美化に努めていたためもあって、全体として品位のある清楚で落ちつきのある明るい、見る者に好感を与える建物であったことや、内部についても採光のよい明るい建物であったことが認められる。しかるに前記のごとく建造物またはその構成部分たる壁といわず扉といわず窓ガラスといわず所かまわず合計二、一二二枚の大量のビラがびっしりと一面に貼付され、その貼付の状況も、整然と貼られた部分もあるが、三階庁舎の入口付近の庇やタイル張り壁、同庁舎の西側タイル張り壁、同庁舎一階調度品修繕品倉庫の南側扉のガラスやタイル張り壁等は、極めて乱雑に貼られており、またビラの文言中には「当局者のバカヤロウー」「八川はクビだ」「当局の野犬」などと、極めて穏当を欠いた誹謗、罵詈に亘るものがあるなど、見る者をして甚しく嫌悪不快の念を覚えしめ、総体的に本件各建造物の美観を著しく損い、さらに採光の不良、透視の不全から建物の内部で執務する者に隠うつな不快感を与えたことが認められる。ところで建造物には、いわゆる輪奐の美として知られている結構、格調、品位等を主張する構造美や、その他色調等建造物に固有の美観があって、かかる美観は、建造物の本質的効用の重要な一部をなすものということができる。しかもまた建造物の美観は、当該建造物の使用目的とは自ら異るものであるとともに、建物の使用目的の如何が直ちに多大の制約を与えるものでないこともまた、ことあらためて多言を用いるまでもないところといわねばならない。しかして、かかるビラ貼りが建造物固有の美観を著しく損ない、そこの程度が見る者をして甚しく嫌悪不快の念をいだかせる等、建物の効用を著しく減損せしめるものであるときは、当該ビラ貼り行為は建造物の損壊に当るものと解するのを相当とする。しかるときは本件ビラ貼り行為は、刑法二六〇条所定の建造物損壊に該当するものといわねばならない。

同一機会に数千枚の大量のビラが、同一場所に数十枚ないし数百枚と密接集中的に乱雑に貼付され、しかもビラの内容が穏当を欠くものがあるなど、本件に極めて酷似した事案について建造物損壊罪の成立を肯定した先例として、最高裁判所昭和四一年六月一〇日第三小法廷決定(刑集二〇巻五号三七四頁)、同裁判所昭和四三年一月一八日第一小法廷決定(刑集二二巻一号三二頁)等があり、弁護人の引用する最高裁判所昭和三九年一一月二四日第三小法廷判決(刑集一八巻九号六一〇頁)は、本件とは事案の規模、態様を異にし、適切な先例ということはできない。

本件ビラ貼りは、国労が賃上げ要求の達成や国鉄の列車掛新設による合理化に反対を目的として、同年三月二八日行なったストライキの前駆的行為として行なった闘争手段であることが認められ、かかるビラを公衆の目に触れさせる行為それ自体は、直接組合員に呼びかけて組合の団結を固め、一般国民に対し争議の正当性を訴えるとともに、使用者たる国鉄に対する抗議や示威をも含むものとして、実効性のある組合活動であることを失わないが、かかる情宣活動はビラの配布等によっても目的を達成し得るものであり、敢て使用者の施設管理権を侵害するばかりでなく、建造物の美観を甚しく損ないその効用を著しく減損するごとき他人の財産権に対する直接的重大な侵害を及ぼす行為についてまで、国鉄側にかかる侵害を受忍しなければならない特段の事情は見出し難く、右ビラ貼り行為は、社会的相当な範囲を遙かに逸脱する行為として、労働組合法一条二項但書にいわゆる暴力の行使に当り、行為の違法性を阻却し得るものではない。

ところがかように一時に多量のビラを貼付した場合でも、短時間のうちに貼付者がこれを剥ぎ取るなど完全に収去するときは、必ずしも建造物損壊の犯意があったとはいい得ない場合のあることを肯定しなければならないのであろう。しかし大分運転所分会においては、貼付したビラを組合の責任において収去する考えは毛頭なかったことが認められ、かえって本件ビラは同年三月二八日頃から運転所の職員によってホースで水をかけ十分に湿らして竹べらや定規等でこそげ落したり雑巾で拭き去る等して取り除き、作業困難な場所は専門の業者に依頼して除去し、これを終ったのは、同年八月に至ってからであった事情が認められるくらいで、建造物損壊の犯意の存在を否定すべき特段の事情も存在しない。

本件ビラ貼りの行なわれるに至った経緯をみてみると、国労中央本部は、同年二月一〇日国鉄に対し、平均賃金一万三〇〇〇円の賃上げを要求し、列車掛の新設による合理化に反対して、国鉄当局と団体交渉を重ねていたが、交渉が円滑に進捗しないため、同年三月上旬頃闘争の拠点となるべき各地方本部を通じて各支部および末端の各分会に対し、職場集会を開いて闘争態勢を固め、職場内外にビラを貼って一般に訴え、組合員の全体意思の結集と意識の高揚を図る旨の指令を発し、予め色刷りの前記ビラを闘争の拠点となるべき各地方本部宛配布していた。さらに国労中央本部は同月二八日ストライキの実施を決定した指令を発し、その指令の中でビラ貼りをも指示し、これを承けて、同月二六日午後五時頃から大分市東大道一丁目二の二五所在の大分地方本部において集会を開き、組合員約一〇〇名余りが出席して二八日行なわれるストライキに加わる各組合員の意思を確認し、これに併せて、ビラ貼り実行の意見が大勢を占めるに至ったので、これを承けて大分運転所分会が主体となってその所属組合員の間で実行の時、場所、方法等を協議するとともに、大分地方本部に連絡して、ビラ貼りに対する国鉄当局側の妨害を予防しかつその排除を求めるため、ビラ貼りの実行を連絡し、これにより大分地方本部の執行委員である被告人や羽田野尚、向貞夫、秋光正忠、大分支部長衛藤寛等がビラ貼りの現場である前記運転所に赴き、大分運転所分会員約二〇名位のビラ貼りを指導しかつ国鉄当局側の妨害の予防ならびに排除に当り、被告人は前記のごとくビラ貼りの実行を分担した一連の事実が認められるところである。これら一連の経過的事実から被告人は右各執行委員および運転所分会員等と共に、ビラ貼りの実行に先き立って順次本件ビラ貼りを謀議した事実を肯認することができる。

以上説示するところによって明らかなごとく、被告人には、本件ビラ貼りにつき共同正犯として建造物損壊罪が成立するものというべく、原判決には事実誤認ならびに法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れ難く、論旨は理由がある。

よって本件控訴は理由があるので、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、さらに本件被告事件につき判決することとする。

(罪となるべき事実)

被告人は、国鉄労働組合大分地方本部の執行委員であったところ、昭和四四年三月二六日夕刻同地方本部の他の執行委員秋光正忠、向貞夫、羽田野尚、同組合大分支部長衛藤寛および同組合大分運転所分会所属の組合員約二〇名位と共謀のうえ、同日午後一〇時一〇分頃から同一〇時四〇分頃までの間、大分市要町一丁目一番地所在の日本国有鉄道大分運転所構内において、刷毛、糊、竹竿の先に箒を括りつけたものなどを用いて、同鉄道所有にかかる鉄筋コンクリート建の同運転所二階庁舎北西側各窓ガラス、出入口扉に「ストで大幅賃上げ獲得、首切り合理化粉砕」と色刷りしたビラ合計七九二枚を貼付し、同様の方法で同運転所三階庁舎南側出入口扉、壁面、各窓ガラス、西側壁面等に「新賃金一万三千円要求をストでたたかいとろう」と色刷し、或は「当局者のバカヤロウー」「八川はクビだ」等と墨書したビラ合計一、三三〇枚を貼付し、右各建造物を損壊したものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

法律に照らすに、被告人の判示所為は、包括して刑法六〇条二六〇条前段に該当するので、その所定刑期の範囲内において被告人を懲役三月に処し、犯情刑の執行を猶予するのを相当と認めるので、同法二五条一項一号によりこの裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予することとし、原審ならびに当審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部被告人の負担すべきものとして主文のように判決する。

(裁判長裁判官 中村荘十郎 裁判官 真庭春夫 裁判官 仲江利政)

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